滝壷ダイブ ― 2010/07/19
花壇のかかし ― 2010/07/20
収穫 ― 2010/07/24
富士山 登山 ! ― 2010/07/30
<準備>
・半袖シャツ
・長袖ドレスシャツ
・長ズボン
・厚物靴下
・帽子
・登山靴
・ザック(大人30L、子ども20L)
・レインウエア(透湿防水)
・手袋
・スパッツ(就寝、朝用)
・長袖Tシャツ(就寝、朝用)
・靴下(寝るとき取り替え)
・フリース(子どものみ)
・タオル(大人×1、子ども×1)
・ウエットティッシュ(20枚入り)
・ポリ袋(5枚以上)
・ヘッドライト(夜間登山なしでは不要?)、予備の電池
・ペンライト(一人1本)、予備の電池
・トイレットペーパー(有料トイレに備え付けあり)
・500mlの水×4本(「いろはす」はつぶれて便利)
・デジカメ
・日焼け止め(大人は必須)
・マスク(富士宮口は砂走りないので不要)
・非常食-食べたもの(チョコ、飴、オレオ、キャンディー)
・非常食-食べなかった(ウイダーインゼリー、ハーベスト塩バニラ)
・ストック(最低一人一本)
・酸素缶(あまり使わず余った)
・耳栓(意外と静かで不要かな?)
・サバイバルシート(外で寝ていた人が使っていたのを目撃)
・カットバン(結果的に使わず)
・紐
・洗面具(持っていったけど使えず)
・歯磨ガム
・ウエストポーチ
・昼のおにぎり
・夜のおにぎり(夕食が少ないので必須)
・携帯電話/充電バッテリー
・ニンテンドーDS(車のみ)
タイムテーブル
<一日目>
市原 7:30発
五合目 11:00着(移動3:30) 12:00発(滞在1:00)昼食
六合目 12:25着(徒歩0:25) 12:30発(滞在0:05)
新七合目 13:35着(徒歩1:05) 13:50発(滞在0:15)
元祖七合目 14:45着(徒歩0:55) 15:05発(滞在0:20)おにぎり
八合目 15:50着(徒歩0:45) 夕食、宿泊
<二日目>
八合目 5:10発 早朝食
九合目 6:15着(徒歩1:05) 6:35発(滞在0:20)
九合五勺 7:40着(徒歩1:05) 8:15発(滞在0:20)
浅間大社 9:20着(徒歩1:05) 朝食、休憩
剣が峰 11:00
浅間大社 11:40発(滞在2:20)
九合五勺 12:05通過(徒歩0:25)
九合目 12:30通過(徒歩0:25)
八合目 13:00通過(徒歩0:30)
元祖七合目 13:30通過(徒歩0:30)
新七合目 14:05通過(徒歩0:35)
六合目 14:50通過(徒歩0:45)
五合目 15:00到着(徒歩0:10) 16:10発(滞在1:10)おやつ
市原 19:20到着(移動3:20)
昨年夏からの目標である富士登山を小学4年生の諒太とチャレンジ。この一年間、「高尾連山縦走」「大山」「三頭山」などで登山の訓練をしてきた。その集大成の富士登山である。
5月初旬に山小屋を予約。千葉県からのアクセスを考え、ルートは富士宮口とし、五合目からの中間地点として、金曜宿泊で八合目池田館を予約。予約でいっぱいになることを恐れて早めに予約したが、三週間前でも空いていた模様。
一週間前に同僚がインドネシアの研修生と一緒に富士吉田口から日帰り登山を行っており、天候に申し分なかったとの事で、自分もよい天気を望んでいたが、登山三日前からずーっと悪天候。天気予報でもイマイチの予報であったが、今更予定は変えられないと、雨でも登るつもりで出発前日の寝床に就く。
出発当日7/30の朝、あいにく千葉県は雨だったり、やんだり、虹が出たり、よくわからない天気。
ここまできて逃げ出す訳にもいかず、神棚に登頂祈願をかけて、7:30に家を出発。途中大雨になったり、晴れたりを繰り返しながら、アクアライン~首都高速~保土ケ谷バイパス~東名御殿場を経て富士山麓へ。
自衛隊駐屯地の付近を走ると逞しい隊員たちが朝からあちこち走っている。毎年8月第一日曜日に行われる富士登山駅伝の練習か。いやはや、かなりの数の方が走っている。しかし、シーズンなのに富士登山から戻ってくる車が対向車線に走っていない。途中「富士吉田方面へは通行止め」とか書いてあるし。昨日の豪雨で登山禁止なのか、単に登山者が少ないのか、不安を抱えながら五合目を目指す。諒太も不安そうに「大丈夫かなあ?」とつぶやいている。
対向車が少なかったので、駐車車両は少ないだろうと思ったが、やはりその通り。11時に現地到着したが、問題なく駐車。これは気持ちがいい。しかし天気はイマイチで、小雨みたいなのが降ったりやんだり。しばらく着替え等の準備を行っていたが、その間に晴れ間が。いつの間にか下界の眺めも変わり、一面雲海となる。
お昼ごはんとして、一人おにぎり2個と、途中のコンビニで買ったウインナー&ポテトを食べる。水も一本追加して、それを分けて二人で飲んだ。諒太も簡単なお昼ご飯ながら気持ちが良いのか、かなり満足げ。五合目で体を慣らすため、諒太は20分ほどDSで遊ぶ。文明的な遊具ともこれでお別れ。
さあ、12時になったので出発しよう。諒太モチベーションを上げるため、売店で金剛杖を購入。子供用の小サイズ800円。五合目の焼印だけ押してある。二日間でこの空間に、どれだけの焼印が埋まるのだろうか。
登山道入り口で記念写真をとり登山道へ。5月に家族でハイキングに来た道なのでなんとなく懐かしい。あの頃は雪面もかなりあったのに今やその面影もない。体力的にも問題ないので、六合目は焼印を押してスルー。どうも六合目は二軒の山小屋があり、焼印は二種類あるようだ。諒太は雲海荘を押した。
次の新七合目を目指す。上を見上げると、2軒の山小屋が見える。新七合目と元祖七合目と思いきや、新七合目と八合目。元祖七合目は少し認識しづらいようだ。岩場と砂場を乗り越え、新七合目に到着し、少し休憩をとる。諒太もまだまだ元気。
諒太と同じような小学生がどれくらい登っているのか気になって観察していたが、2人ほどしか見かけない。登っているペースが同じなら観察している母集団があまり変わらないから仕方ないのか。しかし、意外にツアーで登っている集団が多い。案内人がトランシーバーで連絡を取り合っている。
新七合目を出発し、元祖七合目へ。七合目の次が七合目でがっかりする。かといって七合五尺と謳われても納得いきそうにないが(九合五勺にも違和感あり)。山頂と五合目を基準にして、納得性のある数値にして欲しいものである。このあたりを歩いているととても気持ちが良い。山頂付近に雲はかかっているが、下界は雲海。目の前に足鷹山、左側に箱根連山が雲に浮いて見える。
標高3,000メートルを越え、元祖七合目に到着。次の山小屋が宿泊予定であり、夕食もそこ食べる予定であるが、ここで夕食用に持ってきたおにぎりを食べる。実に旨い。山で食べるにはコンビにおにぎりより、家で(やさしい奥さんに)握ってもらったおにぎりに限る。絶妙な塩味が疲れた体にはたまらない。諒太もおいしそうに食べている。
さあ、上を目指そう。富士宮口八合目池田館。途中、岩清水を発見。そういえば、「いろはす」は、富士山麓の水と書いてあるって、諒太が見つけたっけ。
たどり着く手前ですれ違いの行いにくい部分を越えるのに時間がかかったが、いい感じで到着。標準時間の3時間より遅れること50分。休憩時間の分だけ遅れているということか。さあ、どんなところだろうね、富士山の山小屋って。恐ろしい噂しか聞いたことないが。ここ数日の雨模様で布団がじっとりしていなければ良いなとか、大人数詰め込まれなければいいなとか考えながら受付を済ませる。
早速番頭に山小屋で自分の寝床に案内される。番頭がポリ袋を持っているので、何かと聞くと、明日の朝食との事。済ませることが出来ることはさっさと済ませるわけですね。さて興味のある寝床へ。板の間が区切ってあって、一区画2メートル×4メートルくらい。そこに布団が4枚敷いてあって、8人で寝るのか、と思いきや、定員9名と記載がある。確かに自分の布団のところだけ枕が3個置いてある。昔はもっと詰め込まれて、頭足交互に寝ていたとか。布団は思ったほど湿ってなかった。自分たちは運のいいことに端っこ。一人は確実に壁際で寝られる。その場所は諒太ではなく、当然自分であるが。この区画に今回7人寝ることとなった。老夫婦+2人のおばちゃんの4人組と、1人でやってきたおばちゃん。それとわれわれ2人。まあ、それほど狭いとは感じない。およそ想像通りの寝床であった。これが平日料金一人7,000円。ぼったくりと感じるのも良くわかる。
寝床にいてもやることがない。かといって他に居場所もない。荷物の整理をしているうちに早い夕食となる。夕食は少な目のカレー。修学旅行よろしく厳しく点呼をとられる。水は貴重ということで、テーブル8人にやかん1個。ひとり使い捨てコップの8割くらい。諒太はそこで山での水の貴重さを知る。子供にとっては少し辛いカレーを食べ、少し熱いお茶を飲む。舌がぴりぴりくるらしいが、貴重な水分ということで、我慢して飲む。噂どおり少ないカレーだったので、さっき食べたおにぎりのありがたみを感じる。
カレーの後は、やっぱりやることがない。外をうろうろするくらい。そこで山小屋到着を祝って乾杯。山小屋で買った600円の350mlビールと、持参した凍らしたカルピス(溶けて冷たい)。う~ん、富士山で飲むビールはまた格別。山小屋の布団に囲まれているのが気になるけど。ビールの後は、影富士を待つ。雲と林野に富士山の影が映り出る。諒太も「おーっ」とか言いながら感動していた。
まだ6時半だが少し暗くなってきたので、布団に入ることにする。まったく眠たくないが、周りの人たちも布団に入って寝ようとしている。きっと御来光を山頂で拝みたい人たちであろう。なかなか眠れない。時々寝室横のトイレに行く人の足音が気になるのだ。トイレと寝室を仕切るドアが少しでも開いていると、トイレの強烈な臭いがやってくる。かなり臭い。トイレエリアとの境界のドアが開いているのがすぐわかる。トイレを使用するにはなかなかきれいなのだがトイレから離れると臭いが気になる。やはり数個のトイレとそのタンクが真横にあると思うと、その臭さは仕方がないかもしれない。チェックインが4時前だったからトイレ横の別館に入れられたが、4時過ぎにチェックインした人は食堂横の寝室に入っていった。絶対にトイレ横ではなくて、食堂横が良い!次泊まるなら、遅いチェックインにしよう。因みにトイレは宿泊者無料、その他200円。
さて、なかなか眠れないのだが、疲れのためか、酸素不足のためか、何度も眠ったような気はする。でも何度も目が覚めた。翌日の車の運転がつらくなかったので、ある程度睡眠時間は取れていたのだろう。そうこうしているうちに1時となり、山頂御来光組がごそごそし始める。こうなったら再び眠れない。1時から2時半の間に、8割くらいの人が出て行った。きれいな夜空を見たくて一回外に出てみたが、生憎曇り空。雲の合間に月が少し見える程度。出発者がいなくなりしばらく静かになったので、再び眠ることが出来た。
山頂からの御来光は4:20頃で、八合目では4:50頃との事。4:30頃から待つが見える気配なし。仕方がないので朝食を半分済まし出発。トイレも忘れずにね。諒太の体力がもつのか、多少気になる。しかし、これまでの実績で大丈夫でしょう。時間もたっぷりあるし。
さあ、頑張って九合目へ。朝早いからか、体力的につらいのか、諒太のペースがみるみる遅くなる。出発前は「体力回復した」とか言っていたが、実際登ってみると相当つらいのかな?わずか5分で一回目の休憩。ちょっと早くない?時間もあることだし、5分に一回くらい休憩入れても良いかなと思い、休みたい時に休むように変更。これまでは多少きつくても歩かせていたが。
それにしてもよく休みたがる。頭は痛くないとの事なので、高山病ではない。胸が痛いそうだ。酸素が薄くなって、心配機能が悲鳴をあげかけているものと推測。「これからマラソンで鍛えとけ!」と檄を飛ばしておく。九合目へは予定30分のところ65分。数分の休憩をたくさんとってしまったのが原因。
九合目で自動販売機を発見。缶コーヒー、お茶が400円とはさすが。上を見上げると万年雪が見える。さすが万年雪山荘と銘打ってあることはある。ここでたっぷり20分ほど休憩。休憩の合間に家に電話。今回の登山では、携帯電話、メールをかなり使用。山小屋ごとに写真をつけてのメールか電話報告をしている。そんなことをしていると電池を消費しまくって仕方がない。そんな時のために、携帯充電池を持参。2回分近く充電が出来るため、今回は充電切れなんてことはない。他の登山者は電池切れに苦労していた人もいる。苦労して日本一の山に登るんだから、富士山頂から電話したいよね、みんな。
上にも下にも雲を見ながら九合目を出発。ここらあたりから下山してくる人たちが多くなる。登りきった勝ち組はいいねえ。諒太を見ながら「頑張れ!」とか気楽に声をかけてくる。
そんな中、相変わらずペースは低調。山頂付近には雲がかかっているため、最終目標を見つけることは困難。かろうじて九合五勺が確認できる程度。そうこう歩いていると万年雪に遭遇。南側斜面なのにこんなに立派に残って。美しい!ごみが多少雪面にあったのが玉にキズ。
諒太の細かい休憩を重ねながら九合五尺に到着。九合目からの距離が八合目から九合目までと同じ距離とは。まあそれはいいとして、ここまでも予定30分のところ65分とかなりのスローペース継続。ここにきてようやく山頂の鳥居が見える。疲れきった諒太のモチベーションもアップ。それにしても山頂まで行列がつながっている。みんな最後の力を振り絞って登っているのであろう。ここ九合五勺では「最後の焼印」とか書いてあり、他の小屋では焼印を入れてなかった人たちまで記念に焼印を入れている。そのため行列が10分程度。山頂でも焼印、あったような気がするよな。
諒太も最後の力を振り絞って登山再開。諒太もそうであるが、他の人も途中休憩している人が多い。自分は諒太のスローペースに合わせているためさほど疲れは感じない。最後だからということで、休憩する間隔を長くして登る。そのおかげか若干ペースアップし、予定30分のところ55分で登りきり、浅間大社奥宮到着。一応富士宮口からの実質的な山頂。
ようやくついた山頂で行ったこと。
・浅間大社奥宮へのお参り
・浅間大社で諒太用お守りの購入
・浅間大社で金剛杖に朱印(300円)
・郵便局ではがきを買い投函(諒太用、琴実用、両実家用、優里ちゃん用)
・朝食の残りのパンを食べる
・山頂の一つである「駒ケ岳」での記念撮影
・家族、親戚への登頂報告の電話
その日、浅間大社では結婚式が行われていた。年に数組挙げているらしい。一緒に登ってくる親族も大変。天気とか高山病とか、いろいろなリスクがあるのに。それにしても日本一の富士山頂で挙式とは、何の日本一夫婦を目指しているのかな。
どうも山頂では景色が全体的に薄く見える。空は青く、やけに眩しい。空気が薄いからなのか、可視光線、紫外線のバランスが崩れているからか。紫外線で目が痛めつけられているのか。赤や黒の岩と砂しかないので、三途の川に近づいたような感覚に陥る。
さあそれでは最後の大目玉、「剣が峰」へ。15年前友人と登った時は到達しなかったから、自分も未体験のゾーン。火口(高いところには興味あるが、火口には大して興味はない)を見ながら「馬の背」へ。相当急ですべりやすい。諒太も将に最後の力を振り絞る。なんども滑る。自分も滑って顔を打つ。疲れている諒太の手を引いてなんとか登りきる。やった、最高峰。並ぶこと30分、日本最高峰の碑で記念写真を撮る。さすが日本最高地点、人気が高い。
諒太に「お鉢めぐりをするか?」と聞いたところ、「もう無理。」確かに相当体力使っただろうな。ここまで登っただけでも充分頑張った。お鉢めぐりを諦め下山することに。下山前に、日本最高地点の公衆トイレで記念の一服。1人200円也。山小屋でお土産を見てみるが、ぐっとくるものもない。食べたい!と思うものもなし。まあここはおとなしく下山するか。山頂滞在2時間20分にて下山開始。なんだかもったいないような気もする。
下山になると諒太が元気。身軽であるし、毎回下山の時は置いてけぼりになりそうになるが、今回も相当早い。さっきまでお鉢めぐりが嫌なほど疲れていたのか、疑問に思う。疲れきった大人を次々に追い抜いていく。
「あの子、笑いながら降りよる。」ある大学生風二人組みがつぶやく。「それについていく、親もきついんよ。」「お父さんも偉かねえ。」(博多弁ではなかったが)
それにしてもすれ違う人の波が途切れない。山頂を目指しているのか、今夜宿泊する山小屋を目指しているのか。子供ともすれ違う。小学校低学年っぽいのはそれほどいない。五合目までで30人くらい。一番小さいのは幼稚園くらいが2人いた。ふらふらになりながら登っていく人たちも多い。
小さい子を中心に、「あと少し、頑張って。」下りながら時々声をかける。そう、こちらは登り終わった勝ち組。かける声にも力が入るし、何しろ他人事だから気が楽。その言葉をかけてもらう人たちの気持ちはいかがなものか。
九合目、気合の入った山小屋の兄ちゃんが氷漬けになった冷たい飲み物を売っている。350mlビール800円、ペットボトルカルピスウオーター600円。諒太が「たか~い」とつぶやく。水が余っており、それを飲むので充分。入山時水は500ml×4.5本持っていたが、下山し終わった時点での水の残りは1.5本。2人で1500mlしか飲まなかったこととなる。もっとも、ビール、カルピス、夕食時のお茶、朝食の牛乳を飲んではいるが。
元祖七合目付近で雨が降ってきた。それほどの雨ではなかったが、下のほうが雲で覆われていたのでレインウエアを着用。歩くと暑いこと。しかもすぐに雨はやむし。新七合目であっさりとレインウエアを脱ぐ。
下山のトータル時間は3時間20分。すれ違いがネックの渋滞を加味すれば、予定時間通りの下山時間。五合目で遅めの昼食。カップヌードル300円。妙に安く感じるのはなぜだ?
留守番するお母さん、琴ちゃんのためにキーホルダー、諒太は自分のために刻印メダルをお土産に買う。お父さんは、、、諒太と一緒に山頂に上ったことが一番のお土産。
さあ帰ろう。次にここに来る時は琴実が山頂を目指すときだ。出発しようとしたが、バスが路肩の駐車車両により通れない状況にあるらしく、30分くらい出発できず。登山シーズン週末向けの駐車場整備が追いついていない現状を甚だ実感。
途中、自衛隊演習場付近ですごい霧に遭遇。高速道路も12km渋滞と表示されていたが、混雑レベルで通過。家に無事到着。登頂できたこと、無事帰宅できたことに感謝。
翌日より筋肉痛。登頂二日後が最もつらい。諒太は翌日早速テニスの練習を行う。なんとも子供は元気なこと。
さて、一家4人で登頂できるのは来年なのか、再来年なのか。それに向けて家族で登山練習を行っていこう。
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